アメリカの旅 - (2)

29 December 2017


アメリカの旅の続きです。

20171018_155722.jpg 20171016_103110.jpg20171017_105227(1).jpg2週間レンタルしたRVを返却したその足で別のレンターカー会社に行き、バンタイプの車を借りました。6人乗りの真ん中の座席をはずして折りたたみ式の板を置き、マットレスが付いた簡易キャンピングカーのようなものです。車もキャンプ用の備品もかなり古く、ちょっと心配したのですが、5週間、故障もせずに約1万5千キロ無事に走ってくれました。
同日にLAに到着した知り合いの女性二人を飛行場でピックアップ、まずはラスヴェガスに向かいました。私達は以前に何回か訪れているのですが、行く度にホテルの数が増え、町が拡がっていくようで、砂漠の真ん中のきらびやかな巨大なホテル群は異次元にさえ見えます。ラスヴェガスに一泊後は、6日間、4人でユタ州のザイオン、ブライス、アリゾナ州のグランドキャニオン国立公園をキャンプ場とモーテル利用で巡り、自然の景観を満喫、アリゾナの知り合いを訪問するという二人とセドナという不思議な町("気"が集まるエーリアとして有名)で別れ、私たちの大陸横断の旅が始まりました。  左の写真はザイオンNPとブライスキャにオンNPです。

20171023_153908.jpgアメリカ横断というと、歌の題名にもある「ルート66」が有名です。昔、同名の人気テレビドラマがあり、このルートを東から西に向かって横断する人も多いとのことですが、私達は特にこのルートにはこだわらなかったのですが、途中、何箇所かで重なることもありました。10月中旬を過ぎていたので、北ルートは雪に降られる可能性があるので避け、南寄りの中部地帯を行くことにしました。アリゾナからニューメキシコ、コロラド、カンサス、ミズーリ、インデアナ、イリノイ、ヴァージニア州と続きます。基本は、2泊はキャンプ場、1泊はモーテルのパターンです。モーテルに泊まった時にテレビで天気予報をチェックしながら先のルートを決めていました。泊まる場所もアトラスの地図で、キャンプ場の印を見て行くので、季節柄、閉鎖になっているところもあり、逆に大きな町の近くで週末にぶつかった時はキャンプサイトが満杯のときもありました。用心深いジョンは、携帯で自分のクレジットカードの番号を知らせるのはあぶない、と宿泊の予約を一切しなかったので、正直、その日の寝場所を求めて必死になることも間々あったのです。
村上春樹が20数年前にアメリカ大陸を二週間かけて東側から横断した時の紀行文が載った本がたまたま家にあり、それを読んでいたので、この作家が感じた旅の印象にはなるほど、とうなずくこともあります。「アメリカ内陸部の旅は食事と宿泊施設が救いがたく単調」、「走ってみなかったらこの国の大きさは実感できなかったろう」との感想には同感です。 彼は同行のカメラマンと2人で交代しながら一日の走行距離は平均500キロとのこと、私たちも似たようなペースでしたが、運転はジョン1人だったので、かなりきつい日もあったようです。距離をかせぐために、どうしてもインターステイツ(高速道路)になるのですが、これが単調な旅の源になります。20171028_124419.jpg20171028_124455.jpg食事も高速出口に集中するファーストフッド、宿泊も似たようなモーテル。景色も州によっては同じような景観が延々と続きます。私たちは「単調な旅」になるのを避けるために、時間が許す限り、高速を降りて普通道路を走り、小さな町の食堂で食事をするように心がけました。普通道路といっても、大きな町のラッシュアワー以外は圧倒的に車の数は少ないし、道路も山岳地帯以外は直線が多いので、それほど時間のロスもないのです。どんな片田舎の道路もきれいに舗装、整備されていて、さすが車社会の国、と感心したものです。
20171111_064812.jpg20171113_163732.jpg帰国後、横断の旅で何が一番印象に残ったかを考えてみると、キャンプ場体験でしょうか。実にさまざまなキャンプ場(主に州立でした)にお世話になりました。地図を気をつけて見ると、それぞれの州に必ずと言っていいほど州立公園があります。地図を頼りに行き当たりばったりに訪れた公園は、砂丘、悠々と流れるミシシッピー川の河岸、山奥の湖畔、砂漠など、バラエティに富んでいて、ほとんどが水洗トイレ、お湯の出る水道の設備があり、シャワー付きのところも多く、どこもきちんと管理されていました。特に印象に残っているのはメキシコ国境から3キロ弱しか離れていない砂漠にあるキャンプ場です。国境の町エルパソから国境に沿って東に約60キロ、途中、ほとんど行きかう車のない静かな道路でしたが、国境警備隊の車だけは何台も目にしました。メキシコからの密入国者を取り締まるためです。着いたキャンプ場は周囲にさえぎるものがない砂漠の中にあるので、キャンプサイトからは夕陽と朝日の両方が見え、夕方暗くなると、国境の灯とメキシコ側の町の灯が遠くに望めて、なかなかユニークな場所でした。シーズンオフだったせいか、どこも静かで、時間がある時には公園内の散歩道、トレイルをよく歩いたものです。時には風が強く寒くて、外での食事の支度がつらいこともありましたが、終ってみればそれも経験です。とにかく公園の広さが半端ではないのです。何千エーカーもあるところもめずらしくなく、受付のある入口から車でキャンプ場にたどり着くまで何キロもあり、公園内には湖畔にロッジやゴルフ場あったりして、州の住民にとっては近場のリゾート地になっています。昼間の利用は5ドルから10ドル、キャンプ場は一泊10-20ドルと、公園の規模や州によって使用料金が違っていました。 昼間、ドライブしている間も運動不足解消もあり、高速の近くに公園らしきものがあれば、1-2時間、散歩したり、カフェがあればランチもして、と大いに利用させてもらいました。  上の写真二枚はとても感じがよかったミズーリ州のダイナー、下の写真は印象に残った砂丘の中と山の中のキャンプ場です。

20171101_104315.jpg国立公園巡り以外の今回の旅の目的は、東側にあるアパラチアントレイル(AT)をもう一度訪れることでした。29年前に南部のジョージア州からカナダ国境のあるメイン州まで続くATを5ヶ月半かけて歩いた私たちにとっては忘れられないトレイルです。LAから飛行機利用という方法もあったのですが、ジョンの「ドライブで大陸横断チャレンジ!」の言葉で決まりでした。シェナンドーNP内のATが通る何箇所かを歩き、なつかしいシェルター(簡易山小屋)を訪れて、二人共若かったね、と歩いた当時を偲びました。20171104_081015.jpg20171104_061059.jpg AT沿いにある北カロライナ州の小さな村にも寄ったのですが、トレンデイなリゾート地に変わっていて、様変わりした通りを歩きながら、時の流れを感じたものです。私たちが泊まったエルマーズインという、元々は19世紀初期に別荘として建てられた館は、現在は州の保存家屋に指定されているそうですが、今も70代になるエルマーが頑張ってハイカーを中心にお客を受け入れていました。お歳のせいか、どうも広い館の内部まではあまり手が回らないらしく、以前も古かったものが今は古色蒼然、といった風情でした。家具のほとんどはエルマーがお婆さんから譲られたものだそうで、ちょっとした博物館のようで、ベッドカバーは昔風のパッチワークでできていました。

内陸部の小さな町を通って気がついたのは、ヨーロッパと違って、町の中心部にあるのは教会ではなく裁判所の建物なのです。一般にアメリカ人は信心深く、それでは教会はどこに、となるのですが、プロテスタントの宗派にはバプティスト、メソジストなどの様々な派があり、それぞれが自分たちの小規模な教会も持っているのです。人口が少ない割りには通りに沿って長く広がった街中を気をつけてみていると、大きさが普通の家屋と変わらない教会が目に入ってきます。小さめの町でも、4つも5つも教会があるのです。町の広さといえば テキサスは何でも大きい、とは他の州のアメリカ人から聞いていたのですが、テキサス南部の都市、人口が2百万人を少し越える程度のヒューストンですが、環状道路が4つもあり、端から端まで抜けるのに1時間以上もかかりました。これって自然の搾取的使用だね、と島国の私達はあきれたものです。
もう一つ旅をしていて気がついたのは、町の空洞化です。日本でもよく「シャッター通り」の言葉を耳にしますが、アメリカの場合それがもっと顕著に感じられました。日常生活品はほとんど郊外のショッピングモールのスーパーや店に集中して、街の中心部は閉まっている店も多く、インテリア商品、洋服店とかの店がポツポツあるだけの、閑散とした町に幾つも出会いました。レストラン、カフェの類さえない町もあります。モールのスーパーや店はチェーン店がほとんどなので、個人商店は太刀打ちできないのでしょう。住民にとって選択の余地がない、競合店のないチェーンスーパーは食料品の価格が高いのです。旅の始めの頃はイギリスと比較してはびっくりしたものです。カリフォルニアではアーモンドや柑橘類の畑が延々と続く中を走ったのですが、日本のような、生産地ならでの直売店らしいものは見当たらず、野菜の大生産地帯でも、スーパー内の野菜はイギリスよりも高く、種類も限られているのは一体どういう仕組みになっているのでしょうか。NYのような大都市では近郊からの新鮮な食料品が届くマーケットがあるのに、田舎では地元産を売る店そのものが存在しないのではと思われます。逆に、今回の旅行中、至るところで見かけたのが日本の百円ショップに相当する「ダラーショップ」です。10年前には見なかった類の店です。加工食品と日用品が置いてあるので、低所得者層にはありがたいでしょうが、なんだか、庶民の基本生活が、限られた大企業にコントロールされているような印象さえ持ちました。そんな訳で、以前旅した時によく見かけた地元の人が集まる食堂、「ダイナー」の数も減っていました。定番のミートローフとマッシュポテトはそれほどおいしくはないのですが、いかにも昔風のアメリカ料理で、私にとってはなつかしく、楽しみにしていたのですが、今回はごくたまにしかお目にかかれず残念でした。
20171023_103239.jpg20171107_163038.jpg 旅行中、ほとんど毎日移動していましたが、たまに観光、休養のため二泊したところもあります。ニューメキシコ州のサンタフェとルイジアナ州のニューオリーンズでは二泊して一日を観光に充てました。サンタフェは昔から交易の要所で、メキシコと国内各地を結ぶサンタフェトレイルで有名です。節約のため、両方の町とも、高速出口近くの安いモーテルに泊まり、市営のバスで中心地を往復したのですが、両方の町ともバスの利用者は車を持たないメキシコ人、黒人がほとんどで、アメリカの格差社会を覗いた思いでした。サンタフェの中心地の昔風の土壁で造られた、趣のある建物は、博物館、教会、何軒もの美術/工芸店で成っていて、カフェ以外は日常生活の匂いがまったく感じられない観光の町でした。規模こそ違え、ジャズとジャンバラヤで知られるニューオリーンズのフレンチクォーターも世界中から人が集まる一大観光地です。私も以前からあこがれていたニューオリーンズ観光を楽しみにしていました。ミシシッピー川を行きかうボートを眺め、古い街並みを歩き、ジャンバラャを食べ、ビールを飲みながらジャズの演奏を聴いて、と一日を楽しんだ次第です。

20171111_165910.jpg 今回のアメリカの旅は、観光だけではなく、自然も含めて、あらためてアメリカという国の多様さを感じさせてくれました。ひとえにジョンのおかげです。彼なくてはできない旅でした。運転のできない私はナビ役でしたが、走ったのはほとんどが田舎道か高速道路、ジョンがハンドルを握っている間、私はほとんどの時間を横で外の景色を眺めながら過ごしていました。行く先々での交渉もジョンがやっていたので、時々、何もできない自分に歯がゆさを感じたものです。考えてみれば、ここ何年か、一緒に旅行する時は、計画、手配等はほとんどジョンにまかせきりです。以前の2人旅の経験から、私が意見を主張すると言い合いになることが多く、旅の最中に気まずくなるのが嫌なのも口出しをしない理由です。今回、自分で計画、手配する旅の手ごたえはありませんでしたが、ジョンが運転中、横の座っていた私は退屈したことは一度もありませんでした。これから向かう先がどんなところか、という未知な場所へのあこがれが私の中にあるのだと思います。この「好奇心」がある限り、一人旅も2人旅もまだまだ続けられるかな、と思っています。








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アメリカの旅

10 December 2017


20171024_113549.jpg9月15日にB&Bを閉めて、20日から約二ヶ月間アメリカを旅行してきました。10年前、一年間休業した時にも5ヶ月近くアメリカ大陸を旅行した際、カナダからアメリカに入り、西部を中心に車で周ったのですが、その時にイエローストーン国立公園(National Park)の入口まで行って、雪道もあるので普通のタイヤでは入れないと断られ、くやしい思いをし、機会があったらもう一度、と話していました。また、北カリフォルニアの海岸沿いにあるレッドウッドNPにも寄ったのですが、時間がなく1時間ほどしかいられなかったので、やはり心残りがあって、今回の旅行もこの二ヶ所の国立公園の再訪が目的でした。それが、どうせ行くならと計画が徐々に広がり、2ヶ月という長い旅行になりました。29年前にアパラチアントレイルを歩いてから、すっかりアメリカの自然に魅せられ、今回の旅行で4回目になります。ニューヨークもサンフランシスコも一度見れば十分、均一化した食事、文化面でも面白みのないアメリカですが、自然の雄大さだけは格別で、国立、州立公園はどこもきちんと整備されていて、気持ちよく見て周れるのも魅力です。
20170926_134259.jpg夏の間はお客様のお世話で忙しく、とても旅行には気が回らず、時々意見をはさむ以外はすべてジョンが計画、準備していたので、二ヶ月間にレンタカーを3台乗り換えることも出発間際まであやふやに聞いていただけでした。アメリカはキャンピングカーが普及していて、いつも、一度はあれで旅してみたいね、と話していました。今回はそれを実現したのですが、レンタル料が高いので二週間のみです。ロスアンジェルス(LA)到着後、まずは寒くなる前にとイエローストーンへ向かいました。普通車で8日間でモンタナ州まで往復してLAに戻り、小さめのキャンピングカーに借り換えて、カリフォルニア北部のレッドウッドを目指して、この旅は比較的のんびりとしたものでした。その後、再びLAに戻り、バンタイプの大き目の車を借り換えて、残りの5週間でユタ、アリゾナ州の国立公園を訪れてから東側まで往復、というまさに長い、長い車での旅でした。

イエローストーン国立公園;

20170924_152400.jpgイエローストーンはアメリカで最初に国立公園として指定されて、カナダ国境に接しているモンタナ州にあり、独特な地形で知られています。大きな火山帯が通っていて、定期的に熱湯を吹き上げるガイザーで有名です。公園の中央部は大きな盆地になっていて、冬はマイナス40度にも下がる野生動物にとっては過酷な環境です。20170925_161512.jpgLAから約1600キロ、8日間の往復はかなり強行でしたが、頑張って一日平均500km以上を走って往復してきました。おもしろそうなルートを、とジョンが選んだのはネバダ州の砂漠を突っ切るコース。カリフォルニアからネバダの砂漠を、正確には草が生えている半砂漠ですが、ごくたまに地元の車にすれ違うだけの真っ直ぐな道をひたすら北上しました。砂漠が終ったと思ったところがアイダホ州境でした。アイダホに入った途端に地形も変わり耕作地が多くなり、ポテト畑かなー、と言いながら外を眺めていました。実際にポテト博物館があるのです。アイダホに入った辺りから序々に曇り空に変わり、標高が上がるほどに気温が下降、ついには雪が降り始めました。予定していたキャンプ場は雪で埋まり、少し先の小さな町のモーテルに泊まるはめになりました。翌日、イエローストーンNP到着後、ビジターセンターで聞いたら、部分的には閉鎖している地域もあるが、入園は大丈夫とのこと。胸をなでおろした次第です。20170925_165351.jpg翌朝、公園入り口にはもう車が列を作っていました。標高が2千メートル以上あるので、9月の雪もめずらしくないそうですが、まだまだ観光シーズンでした。夏に比べれば人は少ないとはいえ、公園内はかなり賑わっていました。それにしても中国人の多いこと。団体客に加え、個人客も増えて、泊まっていた町のモーテル、スーパーでも中国人の姿をみかけました。二日半、雪上ハイキングをしながら、バッファロー、鹿を眺め、日本の温泉地で見かける源泉を大きくしたようなガイザーを見て回りました。何年か前にBBCの番組でイエローストーンの四季を追う4回シリーズが観ていたせいもあり、期待感が高まっていたのですが、観光客に解放しているのは公園のごく一部で、もちろん、公園内にいるはずの熊も狼も現れてはくれず、観光客だけが目立つ公園にはちょっとガッカリでし。それでも、雪で埋まったトレイル内は静かで、頂上からの景色、凍りついたような湖など、静かなイエローストーンも味わえたのは幸いでした。帰りは別な出口から、隣接するティートンNPを通ってきましたが、草原にそそり立つ山並みはとても形がきれいで印象的でした。ここは昔の西部劇「シェーン」のロケ地でもありました。

キャンピングカー(アメリカでは Recrational Vehicle ー 略してRV)の旅;

20171002_081003(1).jpg最近日本でもキャンピングカーの人気が高まってきたようですが、アメリカのRVは規模が違います。値段も高く、大きいものは小さな家と同じくらいの価格なので、庶民にはなかなか手が届かず、また、使用しない時の駐車スペースも必要なので、田舎に住む、ある程度の富裕層の人が引退後に買う場合が多いそうです。寒い地方に住む年金生活者が冬になるとRVで南に移動して、暖かくなるまで過ごすケースです。そんな人たちには「Snow Bird」と呼び名もあります。11月に南部の州を通ってLAに戻ったのですが、あちこちで見かけたRVパークはどこも賑わっていました。何ヶ月ものRV暮らしになるので、自宅の快適さをいかにRVで再現するかでサイズはどんどん大きくなり、大型バス並みです。 しかも、キャンプ場につくと、両サイドが前後二ヶ所、幅1メートル位広げられれる仕様のRVもあります。中には、引退した時に自宅を売ってRVを買って生活している人もいるとのこと。これはどうも固定資産税の回避が理由のようですが。体の大きなアメリカ人用に、車内はドアで仕切られた寝室、居間、台所、トイレ、シャワーと、私達、島国の住民には想像を超える規模です。

海外からの観光客が借りるRVはそれほど大きなサイズのものはありません。私達がレンタルした小型のRVは、大きな目のトラック(PICK-UP)の上に居住用のスペースを作ったものを載せた形です。トラックの座席の上が寝るスペ-スで2人横になるには十分ですが、トイレ、シャワー室が小さく、トイレは夜中用、シャワーは一度も使用しませんでした。こんな小型のRVでも二週間で1500ポンド(約23万円)と高いので、バスサイズにはとても手が届きません。高額なレンタル料にもかかわらず、外国人旅行者の間でもRVでのアメリカ観光は人気があり、旅行中、派手なレンタルRVをよく見かけました。キャンプ場はもちろん有料で、一泊安いところで20ドル、高級なRVパークとなると80ドル以上のところもあります。
20170929_115936.jpg一般のキャンプ場は山とか湖のある州立公園に設けられているところが多いのですが、RVの増える利用者に対応して、以前と比べて電源、水道線が各キャンプサイトに設置されているサイトが随分と増えました。リゾート地のキャンプ場は休暇で利用する人が主なので、お年寄りだけではなく若い家族、ペット連れも目立ちました。旅行中、ネヴァダ州の街中に泊まった際、隣のRVにネコに餌をやっている70代の女性がいたので、話しかけると、キャンプ場に来てから一週間になるとのこと。オレゴン州に家があり長年住んでいたのですが、山火事が市内まで広がり、自宅が全焼してしまったので、ペットも受け入れるモーテルで何週間か過ごした後、ネヴァダに住む息子を頼って、息子さんが所有するRVで過ごし始めたそうです。ペットと一緒にいられるだけでも幸せかも、と、その女性はちょっとさびしそうに笑っていましたが、紐でつながれ、暑さを避けてRVの下にもぐりこんでいるネコ達も哀れでした。

20171004_131629(1).jpg日本ではあまり知られていませんが、レッドウッド国立&州立公園は世界遺産にも登録されている、カリフォルニア北部の海岸沿いからオレゴン州の州境まで続く原始林です。太平洋からの霧の多い湿気のある気候がセコイアの一類であるレッドウッドを世界一背の高い木に育て、かっては海岸沿いだけではなく州北部全般にレッドウッドの森が拡がっていたそうです。私達はLAからRVで4日かけて公園に辿りつきました。園内のキャンプ場はレッドウッドの森の中にあり、そこに二泊して、原始林を通るトレイルを歩いたのですが、見上げても木のてっぺんが見えないほど背の高いレッドウッドの森は、人の姿もなく、静まりかえっていて神秘的でさえありました。イエローストーンに比べて人の数も少ない静かな深い森に心を残しながら公園を後にしました。それからは、太平洋を見渡す海岸沿いのキャンプ場など、序々に南下しながらLAに戻ってきました。あこがれだったRVでの旅でしたが、毎日のように移動する私達がしたような旅にはRVはどうも向いていないようです。小型とはいえ、住居スペースを載せているので小回りがきかず、後方も見えないので運転しにくい、とはジョンの言葉です。アメリカ人はRVの後ろに乗用車を接続して走っています。一ヶ所に落ち着くと、近辺は持参の普通車で周る、ということです。RVの運転は二週間で十分、とのジョンの感想でした。LA市内でRVをレンタルした後、高速道路で北に向かったのですが、運悪くラッシュアワーの時間帯にぶつかり、片側だけで6車線もある高速道路はびっしりと車で埋まり、レーンを間違えないように道路表示をにらみながらの2時間の緊張感は忘れられないものです。それでも後半の旅行中、寒い日にはRVの内部で暖をとれ、料理ができるありがたさ。アメリカ人のように、時間をたっぷりと使ってRVで旅ができたら、と思うのはやっぱり夢でしょうか。



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