ロイヤルウエディング - 感想

25 May 2018


イギリスは二週間前頃から急に天候が安定してきてずっと晴れの日が続いていました。気温も20度前後なので、
陽ざしは強くても暑いほどではなく、「さわやか」という表現がぴったりの天気でした。5月19日の土曜日も気持ちよく晴れ、プリンスハリーとメーガン マーケルさんのロイヤルウエディングも2人を祝福するような好天気の下で行われました。
日本でも話題になったそうですが、イギリスでは朝からテレビで結婚式の様子をずっと中継していました。式が行われたウインザーの町は2人を一目見ようと集まった人たちで埋まったそうです。私は午前中に街の商店街に買い物に行ったのですが、チェルトナムにはウインザーの熱気は伝わっていなかったようで、国旗が立ててあるわけではなし、国旗のユニオンジャック模様の服を着た人もなく、気が抜けるほど普段の変わらない街の様子でした。多分、テレビの実況中継を観ている人が多かったのではないでしょうか。私も家に戻ってから、式の後、お城から出て馬車でウインザーの町をゆっくりと走り、通りに集まった一般の人々に手を振っている様子をテレビで見たのですが、花嫁のマーケルさんのシンプルなデザインのウエディングドレスがよく似合ってとても素敵でした。
プリンスハリーが選んだ相手が、アメリカの黒人とのハーフの女優さんで、年上、両親は離婚、本人も離婚経験者、ということで話題の多い結婚でしたが、バッキンガムパレス側から特に大きな反対もなく、この結婚を認めたことは意外に受け取られたようです。王位継承者であるプリンスウイリアムだったらこうスムースにはいかなかったかもしれません。結婚式も、ゴスペルの音楽があったり、アメリカの(黒人の)牧師さんの話があったりと、伝統を重んじるイギリス王室としてはかなり柔軟に対応した様子が見受けられました。花婿のアゴヒゲも普通、軍服姿では禁止されているそうですが、ハリーが直接女王に頼んでお許しが出た、とのことです。
私がチェルトナムに暮らし始めて20年近く経ちます。去年はダイアナ妃が亡くなって20周忌だったので、ダイアナ妃に関するニュースも多かったのですが、テレビでも息子である2人のプリンスがダイアナ妃のことを語っていました。若くして母親を亡くし、お互いに支えあってきたせいか、2人の兄弟はとても仲がいいようです。優等生的なウイリアムと違って、ハリーの方は次男らしく羽目を外すことも多く、10代の頃は、未成年なのにパブでお酒を飲んで騒いだり、パーティにドイツ軍のナチの制服を着てひんしゅくを買ったりして、マイナス面の報道が多かったのですが、学校を卒業後、軍隊の士官学校に入り、卒業後はアフガニスタンの戦地にも(本人の希望で)派遣されていました。さすがに実戦にはかかわられなかったようですが。退役後は、ダイアナ妃がチャリティ活動に熱心だったせいでしょうか、ウイリアムと共に積極的にチャリティ活動にかかわっています。ハリーの方は戦地で負傷して障害者になった若い兵士のために「インヴィクタス(無敵)」という名前のチャリティを自ら起こし、身障者になった元兵士たちの社会復帰を助けています。こうした元兵士達の北極遠征に同行したり、負傷兵参加のスポーツ競技会を開催したりしています。又、テレビで、母であるダイアナ妃のことを長い間誰にも話せず、精神的に辛かったことを率直に語り、大勢の青少年が抱えているメンタルヘルスへの理解を求めるチャイティもウイリアムと一緒に始めています。
20180603_140236.jpgマーケルさんも慈善活動に熱心とのこと、ハリーの一目ぼれ、と婚約時のインタビューで言っていましたが、お互い共有するものもあったのでしょう。 王室のニュースに特に興味があったわけではありませんが、メディアに流れる王室関係の報道は耳に入ってきます。ダイアナ妃のお葬式で、お棺の後方を歩いていた若い王子たちの懸命に耐えているような印象が強かったので、結婚して幸せそうなハリー、3人目の子供の父親となったウイリアム、と、2人の王子たちの様子をテレビで観ながら、二人共たくましく成長したな、と何となく嬉しい気持ちになりました。これは、死後20年たった今も人気が高いダイアナ妃の忘れ形見(ちょっと表現が古いですね)である2人の王子達の成長に、多くのイギリス人が同じような感慨を持ったのではないでしょうか。  町ではまったく見なかったロイヤルウエディング グッズ、唯一見つけたのは、私達が借りている市民農園の中のグリーンハウスに飾ってあった小旗でした。


エルダーフラワーコーディール

20180603_143105.jpg20180603_042306.jpg5月は樹木の花がきれいな時期です。エルダー(日本語訳でニワトコ)は街中でもよく見かける一般的な木の一つです。この時期に花が咲きますが、近くでよく見ると、レースのように細かく、とても繊細な花です。独特な香りがあり、この花の香りの飲み物をエルダーフラワーコーディールと呼びます。簡単に言うと、花の香りのするシロップです。細かな花をレモン汁と共に熱湯に一晩浸し、砂糖を加えるだけです。これを炭酸水で割るとさわやかな初夏の飲み物になりますが、これにジンかウオッカを足すとおしゃれなアルコールドリンクに変身します。コーディール自体はスーパーでも売っていますが、甘みが強すぎる上、どこか人工的な味がするので、自家製のほうがずっとおいしいです。どういう訳か、ジョンが飲み物作りに熱心で、一時はワイン作りに凝っていましたが、出来上がったワインはごくまれにおいしくできたこともありましたが、ほとんどは「ウーン、イマイチ」の出来で、冬にスパイスを入れて温めてやっと飲める代物でした。ワインはあきらめたようですが、今でも、このエルダーフラワーから作るコーディールと、秋の深まった頃に熟するサンザシの実(色と形はブルーベリーに似ています)を砂糖と共にジンに漬けたスロージンは毎年かかさず作ります。1-2年置いた方がまろやかになっておいしいのは、味は違っても日本の梅酒と同じです。
20180603_114854.jpg もう一つ、今の時期はジャージーロイヤル(日本ではジャージー牛のミルクで知られている島でできるジャガイモです)が店頭に出回る時でもあります。ポテトが大好きなイギリス人ですが、このジャージーロイヤルは5月から6月の時期にしか買えないので、特に楽しみにしているようです。他のタイプよりちょっと値段が高めですが、シンプルに茹でて、バターを溶かしたフライパンで軽く炒めたものを食べると、たかがジャガイモですが、おいしいのです。イギリス産のアスパラと共に数少ないイギリスの季節を感じさせる食べ物です。



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オランダ小旅行

03 May 2018


20180419_070802.jpg二日前のテレビの週間天気予報で、この週末から気温が上がり、やっと春らしくなるとのこと、この国に住む人にとっては待ちに待った嬉しい予報です。4月に何日か春らしい日があったのですが、その後はまた冬のような冷たい風が吹いて冬に逆戻りしたようでした。 いいタイミングで、暖かい日が続いた間に3泊4日でオランダに行ってきました。日本からの女性3人(皆さん、ステインクロスのリピーターの方達です)と一緒です。私自身、オランダには過去に何回か行っているのですが、春のチューリップ見物は初めてです。人が集まる有名な観光地にはあまり興味がわかないので、チューリップで有名なキュウーケンホフガーデンに行きたいとの話が出た時も、それほど乗り気ではありませんでした。ただ、オランダは旅行先としてイギリスから近いし、英語も通じて旅行しやすい国なので、まあ行ってもいいかな、程度の気持ちだったのです。結果は好天気に恵まれたこともあり、予想以上にいい旅行でした。
2月に話が出てホテルの手配を始めた時は、すでにアムステルダム市内のホテルは満室、それでも郊外のホテルを何とか確保しました。やはりこの時期はチューリップ人気で観光客がことのほか多いようです。チェルトナムの南にあるブリストル空港から、アムステルダムまで1時間のフライトです。格安航空券なので、出発は朝の7時。頑張って4時40分にチェルトナムを出発、ジョンが車で空港まで送ってくれました。イギリスにはライアンエア、イージージェットなどの格安航空券が売り物の航空会社が何社もありますが、切符が安いかわりに制限がいろいろあります。手荷物は一つ、スーツケースを預けるとお金を取られます。予約した時に頼むとそれほど高額ではありませんが、当日に空港で預けると航空券よりも高い料金を請求されることもあります。今回も気をつけて、手荷物と小さめのバッグで搭乗手続きをしたのですが、機内に乗る前に、突然、女性係員に私たちの持っているバッグ類はすべて手荷物に入れるように言われまし。普段はここまで厳しくないのですが、スタッフによるのでしょうか。皆頑張ってなんとか押し込みました。帰りの便ではバッグを肩にかけたままでも何も言われなかったのです。随分といい加減なものです。機内の飲食物はすべて有料。大手のライアンエアはチケットは安いのですが、その「せこさ」でも知られています。過去に、機内のトイレ使用も有料にする案が出たそうですが、さすがに周囲のひんしゅくを買い、止めたそうです。それでも安い航空券は魅力で、フライトも1時間だし、制約の窮屈さもあまり気になりません。往復共満席でした。
20180419_064642.jpg20180419_053626.jpg20180419_065812.jpg20180419_071458.jpgオランダの広いスキポール航空に到着、何とか電車の切符も買え、電車に乗って40分ほどでライデンの町に着きました。駅前のホテルに荷物を置き、昼頃にバスでキューケンホフガーデンへ。 広い園内は大勢の観光客で賑わっていました。小さく区画された花壇にはありとあらゆる種類のチューリップが、ヒヤシンス、ムスカリなどの花とうまく組み合わせて植えてあり、単調にならないような工夫されています。園内のチューリップだけで何百万本にもなるそうです。花も見事ですが、これだけの数の花を植えるのにかかっている手間を想像すると、その作業の多さにも圧倒されます。ちなみにこのガーデンはチューリップを中心に花の咲く時期の3ヶ月間しかオープンしていません。
十分にチューリップを堪能し、翌朝はアムステルダムに向かいました。荷物を駅に預けて、市内観光を、と予定していたのですが、お目当てのヴァンゴッホ美術館の切符をインフォメーションで買おうとしたら、すべて売れ切れとのこと。どうも人気のある観光スポットの入場券は前もってインターネットで購入しておく、のが鉄則のようです。「アンネフランクの家」の方は、3時だったら当日券があるかも、と言われ、早めに行ったら、幸運にも入場券が買えたのでほっとしました。建物の前の長い行列は、30分ごとに入場者が入れ替わるので、次を待っている人たちです。私が最初にアムステルダムに来たのは1970年、その時は観光客もまばらで家の中も周囲もひっそりとしていたと記憶しています。15年前に来た時も、アンネの家もゴッホ美術館も問題なく入れたのです。オランダだけでなく、他の国の人気の観光スポットも個人的に入場するにはインターネットでチケットを手配しておくのが最近の常識のようです。マスツーリズムの時代の時代です。以前は見かけなかった中国、ロシア、東欧、ブラジル、インドなど世界中の国の人々が海外旅行をするようになったのでしょう。観光地側も団体客、そして個人はネット購買者だけしか対応しきれないほど入場希望者が増えたということです。 フラッと気が向いたから美術館でも行ってみよう、という旅は許されない時代です。幸い、国立博物館のほうはすぐに入場でき、トラムにも乗り、アムステルダムの市内観光は無事に終りました。その日の宿は近郊にあるサーレムの町のはずれにあるホテルで周囲は静かな普通の住宅街です。翌日はフェルメールが住んでいた小さなデルフトの町を観光。土曜日に開かれる運河沿いの骨董品市を覗き、教会の塔のてっぺんまで階段を登ったりと、一日のんびりと過ごしました。小さな事件(私が電車のホームのベンチにデイパックを置いたまま電車に乗ってしまい、それを取りに行き電車に乗りそびれそうになったこと)はありましたが、3泊の旅は無事に終りました。
20180421_073853.jpg旅行後の感想としては、オランダはやはり旅行がしやすい国、との再認識でした。国が小さく、電車、バスの交通機関のネットワークもよく、あまり時間をかけずに移動できること。なによりも、国自体が「人間優先」にできている印象を受けました。車よりも圧倒的に自転車の数の方が多く、自転車利用者がとても優遇されているのです。どの町も街中が自転車であふれていました。体に支障がない限り国民全員が自転車に乗るのではないか、と思わせるほどです。そして、どこに行っても運河が目につきます。アムステルダムだけでなく、小さな町でも運河沿いの古い家並みを眺めながらゆっくりと散歩できるのも観光客にとっては嬉しいことです。食文化はというと、残念ながらオランダ料理店にはめぐり合えませんでした。植民地だったせいかインドネシア料理店が多いのはわかりますが、アルゼンチン料理店(主にステーキ類)が負けない位数が多いのにはちょっとびっくりしました。フォークランド戦争の影響(?)のせいか、イギリスでは見たことがありません。私達がオランダで楽しんだのは、スペアリヴ(アルゼンチン)、ギリシャ料理、ベトナム料理でした。
  
20180421_090126.jpgいつかオランダの真平らな田舎道をゆっくりと自転車で周ってみたいなあ、と車窓の外に広がるチューリップ畑を思い出しながらイギリスに戻ってきました。

一番上の写真はムスカリを流れる川に見立てて植えたようです。

運河の写真はデルフトの町、右は車窓から撮った一面に広がるチューリップ畑。


 

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